読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

勇気も愛もないなんて

たまにしかあらわれない

「未来はもう目の前」

菊池風磨くん、お誕生日おめでとうございます。22歳の一年が幸せに溢れることをお祈りしております。


私事で恐縮ですが、今までずっと26歳の呪いにかかっておりまして、好きになった男はいつも26歳、あのラッパーもあのジョッキーもあのバンドマンも、みんなはじまりは26歳だった…!というある種の特殊性癖的なものを持ってるので、22歳のお誕生日をお祝いするというのはかなりレアな体験です。ふうまくん26歳になったらいったいどれだけ私のツボを突いてくるのか。今から怖い。


高校生だったころも成人を迎えた時も知らないし彼の21歳の半分くらいしかきちんと見てきていないけど、もちろんもっと早くから知りたかったという気持ちもあるんですが、でも21歳の菊池風磨くんを好きになれてよかったと心から思えるんですよね。


男の子が大人の顔になる瞬間てあると思うんですが、それって例えば仕事を始めるとか、そういう時じゃないんだ、というのが私の持論で。
もう競馬を長いこと見てきているんですが、騎手ってだいたい18歳でデビューするんですね。中学を卒業して高卒資格のない学校に通って、1年後には現場で大人たちに揉まれて、そうしてデビューして、自分の腕一本で稼ぐ世界に入っていく。普通の高卒の子達とは比べ物にならないくらいお金を稼ぐ、それだけで随分大人になるような気もするんですが、彼らの顔はまだまだ子供のままなんです。じゃあいったいいつ大人の顔に変わるのか。
デビューしたての頃というのは、彼らには「減量」という恩恵が与えられます。馬に乗る時に決められた重量というのがあるんですが、それを3〜1kg減らして有利にレースをできるようにする。競馬の世界というのは自分で営業して乗る馬を見つけなければならないので、勝ち数の多い騎手の方が当然様々な面で有利になる、その世界で新人として戦っていくための恩恵です。これが5年間、または勝利数を重ねればもっと早く終わります。
この減量が取れる頃、騎手の顔つきってものすごく顕著に変わるんですよ。年若いことによる様々な恩恵が徐々になくなって、リアルに自分の腕一本で、プロとして生きていくことを自覚した時、彼らの顔は大人に変わるんです。


ふうまくんの21歳って、まさに「減量がとれた」年だったんじゃないかな、って思うんです。学生とアイドルの二足の草鞋にも終わりを告げる時が近づいて、今までの色んな経験が身を結びはじめて、メンバーとの関係もゆっくりと変化が生まれ。噛み合いはじめた歯車を自分の腕一本で、確実に回すための準備をしてるような一年だったんじゃないかしら、と勝手に想像しています。今すごく、大人の顔をしてる。ふうまくん。
思春期の揺らぎの時期もとても素敵だと思うんだけど、私はやっぱり大人として歩きはじめている人たちを見守るのがすきなのです。大人の階段を着実に一歩一歩登っていくふうまくんの21歳を見守ることができて、本当に幸せだったなと噛みしめています。


22歳の一年間がふうまくんをどんなふうに変えるのか、来年の今頃彼はどんな顔になっているのか、今から本当に楽しみ。大人って楽しいよ、楽しもうぜ、風磨くん。